⑫チャオプラヤー川の水の流れのように

チャオプラヤー川は常に観光客等を乗せた船が行き交って忙しないようにみえて…

穏やかな川の流れ、時の流れがそこにあります。

この川に関わりながらさまざまな人が暮らしているんだなぁと物思いに耽ます。

僕の知らない異国の生活、海外の人の生活に想いをはせます。

みんな主人公してます!

そこにはどんな人生があるのか、考えたら終わりがありません。

スネタホステルを拠点として、少しの間だけここに停滞しました。

外こもり、埋没の感覚をほんの少しでも感じられたらと…。

複数人と同じ部屋で寝るわけですが、白人の若者集団が連日ドンチャン騒ぎ( ゚Д゚)

しかし24時を過ぎると糸が切れたように彼らは眠りにつき、途端に静かになります。

暗黙の掟でもあったのでしょうか…(;^ω^)

本当に短い間でしたが、宿では韓国人と仲良くなりました。(仲良くなったつもりかもよ?)

ニュースで反日だの取り上げられてますが、やはり立場や態度は国=人ではなく、人=人でもないのだと実感します。

タイの色々な場所を巡ってるそうで、次はチェンマイに行くんだと張り切ってました。

お酒を飲みながらボケ~っと。

大きなバッグを背負った人がやってきたかと思えば、同じように大きなバッグを背負ってここを後にする人もいる。

屋台も日本の祭りで見かける屋台とは違って、前衛的というか直情的というかなんというか。

明らかに働いてない人も結構いて、どうやって暮らしてるんだろう…とか思いました。

目の前を通り過ぎる人たちを見て、シリラート博物館で見てきたものを思い出します。

それだけこの旅の方向性とは真逆で衝撃的でした。

あそこは事故にあってぐちゃぐちゃになった人の写真とか、神経だけ取り出した人間とかあって、なんかもう凄くて衝撃的でした。

部分部分に解剖された人間のあらゆる姿を見たあとに、こうやって生きた人々を見てて、さらにその生きた人々が色んな顔、感情を見せているというのは何だか奇天烈でおかしいなあと。

「そろそろ、次の旅路へ行ったらどう?」

そう、この赤い人に言われた気がしました。

人生は川の流れのように時に激しく、時に緩やかに。

歳を取る度に時の流れが早くなるような感覚がありますが、流れの緩急を決めるのは自分次第なのだと思います(*´ω`)

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